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Society5.0

「Society 5.0=超スマート社会」は、インターネットの進展によって誕生した“社会OS”を基盤に、センサーなどで取得したデータを駆動源としたアプリケーションやサービスによって実現されます。一体、どのようなサービスが私たちの社会を支えていくのか。既に提供されているサービスや技術動向を参考に“未来”を想像してみましょう。

インターネットの発展過程においては、米国シリコンバレーに代表されるベンチャー企業の集積地から次々と新しいサービスが誕生し、既存のビジネスが破壊(ディスラプト)されてきました。Appleによる音楽CDの販売や、Netflixによるレンタルビデオといった例に加え最近では、Amazon.comによる小売業や米Uber Technologiesによるタクシー業界、Airbnbによるホテル業界など「こんな業界まで」といったケースが後を絶ちません。

これらの実例が、ビッグデータやIoT(モノのインターネット)、AI(人工知能)、クラウドといったデジタルテクノロジーが持つ“破壊力”を証明しています。結果、破壊者を目指すベンチャー企業は新サービスを開発し、一方で、それに対抗しようとする大手企業の巻き返し策がしのぎを削っているのが現状です。

そんな業界ごとのデジタル化への取り組みが本格してきたことを表しているのが「FinTech」や「MediTech」といったキーワードです。FinTechは金融(Financial)分野での、MediTechは医療(Medical)分野でのデジタルテクノロジーの活用を指しています。他業界にも広がっているため「X-Tech(クロステック)」という総称もあります。

FinTechでは、ブロックチェーンという新しい分散管理技術により、台帳管理や決済の仕組みを変えようとの実証実験などが進んでいます。MediTechでは遠隔医療や遺伝子を解析して1人ひとりに合った治療方法や薬の開発などが研究されています。既にスマートフォン用のアプリケーションの一部は「治療を確実に進められる」“薬”として認められるようにもなっています。

個別最適から全体最適へ

確かに、いずれの新サービスも私たちの暮らしをより豊かにしてくれそうな可能性を感じさせます。ただX-Techの世界は、それぞれの業界が抱える課題に対し取り組んでいるだけとも言えます。まだまだ業界ごとの個別最適に過ぎません。

Society 5.0では、これらのサービスが連携し、個人のニーズに応えながらも社会全体に最適化されていなければならないとの指摘があります。では、サービスが連携するようになれば、どんなことが起こるのでしょうか。多くの人が関心を持っているであろうクルマの自動運転を例に考えてみましょう。

自動運転には5つのレベルが定義されています。レベル0が自動化がされていない一般のクルマ、レベル5が完全な自動運転車です。現状は、高速道路などで車線を維持できるレベル2から緊急時以外はドライバーが介在する必要がないレベル3までが商用化されています。ドライバーが不在でも良いレベル4も目前というわけです。

自動運転が高度化すれば、クルマは運転する対象から移動するための“空間”に変わります。本を読んでいても良いし寝ていても構いません。そうなると車内に提供される情報も、現在のナビ情報や渋滞情報は不要になり、近隣の店舗や観光情報、あるいは自宅や目的地の様子、オンラインの教育コンテンツが流れるかもしれません。運転しないのだからワイナリーなどへ立ち寄るといった“お薦め”も可能です。

ここでワイナリーに立ち寄ることをクルマに指示すれば、きっとワイナリーにも、それが伝わり“おもてなし”の準備が始まります。訪れたワイナリーの近くには観光列車が走っています。ワインを楽しんだ後の移動を電車での移動に切り替えれば、クルマは降車駅の近くまで自動で移動し待っていてくれるはずです。あるいは、駅からはバイクのシェアリングサービスを利用し、もう少しのんびりと風景を楽しむのも良いでしょう。そうこうしているうちに宿泊の手配も完了しているかもしれません。

「何をSF映画のようなことをいっているのか」と思われたかもしれません。ですが、こうしたシナリオは、自動車メーカーだけでなく、鉄道会社や航空会社なども既に描き始めています。クルマや電車に乗っている間、駅や空港を利用している間だけでなく、自宅から目的地までのドアツードアで、どれだけ一貫したサービスを提供できるかがSociety 5.0に向けたビジネスモデルだと考えているのです。

サービスがデータでつながっていく

そこでは、例えばバスの運行が遅れれば、駅への到着時刻に併せて列車の運行時間を調整するといったことも想定されています。つまり、これまで日本が高品質な社会サービスとしてきた「決められたダイヤ通りに運行する」という仕組みすら、他社の運行状況というデータによって調整する仕組みに変える検討がなされています。

当然、サービスの連携を支えるのはデータです。連携するサービスが持っている各種データがオープンに利用できなければなりません。ドアツードアの一環サービスを鉄道会社にしろ航空会社にしろ1社では実現できないからです。多種多様な企業との協業は不可欠です。現時点では顧客との接点を握ろうと競い合っている企業にしても今後は、データやサービスのAPI(アプリケーション・プログラミング・インタフェース)を介して手を握り合うことでしょう。


図1:データの“ 囲い込み” は終わり、サービスの融合が始まる

一部のサービスは既に現実に

サービスがつながれば嬉しいことは少なくありません。例えば、エネルギー分野では、既に自由化により電気やガスは任意の小売り事業者から購入できるようになり、場合によっては一事業者から両方を購入できます。小売り事業者も電力/ガス業界からの参入だけではありません。通信事業者や鉄道会社などのグループ企業の参入によっては、通信料金や乗車賃などを含めたセット商品が登場するかもしれませんし、さらには携帯電話のように、エネルギーを購入していればテレビや冷蔵庫は無料で利用できるかもしれません。

診断結果や健康診断の結果などもデジタル化によって、どこからでも参照できるようになれば、旅行先で急病になっても既往歴や服薬状況を加味した診察が受けられます。ヘルスケア事業者やタクシー会社などと連携すれば、病状に合わせたリハビリプログラムが立案されたり、高齢者が病院で診察を受ける際には、わざわざ予約しなくても診察日にはタクシーが玄関まで迎えに来てくれたりするのです。一部のサービスは既に提供が始まっています。

こうしたサービスが実現されるには、法制度などの改正が必要なものもあれば、個人情報を取り扱う際のルールの明確化やセキュリティの厳密化など、新たな対策も必要でしょう。個人情報に関する不安から、上記に挙げたような事業者間をまたがって提供されるサービスを「不要」と考える方が少なくないかもしれません。

しかし、世界に先行して少子高齢化時代に突入した“課題先進国・日本”において、これまで通り、あるいは、それ以上の“未来”を期待するならば、従来の常識を破る新たな社会サービスの実現から目をそらすことは許されないのです。

もちろん、日本や世界の課題はデジタルテクノロジーだけでは解決できません。その前提として「どんな暮らしをしたのか」「どんな国になりたいのか」といった“あるべき姿”が必要です。

“あるべき姿”を決めるは我々

あるべき姿を実現すべくデジタルテクノロジーによって生みだされた社会サービスには、その姿を描いた人や国の“文化”が内在されています。海外発のサービスを利用するのが難しい理由も、サービスを利用することで生活習慣や行動までもが変わっていく理由も、ここにあります。

どんな課題に対し、どんな方法で解決するのかがあって初めて、デジタルテクノロジーは、その力を私たちに与えてくれるのです。SF映画のように近代的な建造物が建ち並ぶ未来も、あるいは、まるで人工物がないような自然に囲まれた未来も、私たちは創造できるのです。

(志度 昌宏=DIGITAL X 編集部)

「Society 5.0」を理解するためのキーワード

CPSとIoT

Society 5.0に関する文献などでは「CPS/IoT」が並記されていることが少なくありません。CPSは「Cyber Physical System」の略で、サイバー空間と物理空間が連携したシステムといった意味です。一方のIoTは「Internet of Things」の略で、モノのインターネットと訳されています。2017年時点で両者は、ほぼ同義の言葉として使われていますが、本来は異なる起源を持っています。

CPSは2000年代半ばに、米国の技術的優位を生みだす国家戦略として登場しました。自動車や家電製品などソフトウェアが組み込まれた機器の競争力強化が狙いです。自動車も家電も、品質の日本や低価格な中国などが優位な産業分野ですが、それら機能の実現はソフトウェアへの依存度が高まっています。そこでCPSでは、組み込みソフトウェアを米国が強みとしたインターネットに接続することで、ネット側からソフトウェアをアシストし、機器の付加価値を高めようとしたのです。そこから「Connected Car」などの概念が登場してきました。

一方のIoTは1999年にケビン・アシュトン氏が提唱したとされます。RFID(ICタグ)を使った商品の管理システムをインターネットになぞらえたのが、その始まりです。商品管理の基本は、それぞれに番号を振り、それを把握することです。そこで、商品の1つひとつに異なる番号を振って管理しようとしたのがICタグです。当初は倉庫内や店舗内など限られた空間で利用する仕組みとして登場しました。

つまり、CPSがネット側から見た取り組みなのに対し、IoTはモノの側から見た取り組みです。それぞれが「モノがネットワークにつながったらどうなるか」を考える中で、両者の違いは消えつつあると言えるでしょう。

ちなみに国際電気通信連合(ITU)は同連合の150周年記念式典において、組み込み用システム「TRON」を1984年から提唱してきた日本の坂村健氏に対し、「IoTのコンセプトの最初の提唱者」として「ITU150周年賞」を授けています。

Digital Twin(デジタルツイン)

Digital Twinの「Twin」は「双子」の意味です。CPS/IoTに取り組めば、ネットワークを介して、家電製品や自動車の稼働状況や、スマートフォンなどの利用状況や所有者の移動経路など様々なデータが収集できます。これを積み重ねれば、ネットワーク空間に現実社会の動きが転写されていきます。現実社会と、それをネットワーク上に写し取ったビッグデータ群が、ほぼ同じ状況であることを指して「Twin(双子)」だと呼んでいるわけです。

実世界を写したDigital Twin が得られれば、それを分析したりシミュレーションしたりすることで、実世界に負担を欠けずに種々の試行錯誤が可能になります。こうした考え方は既に、多くの製品開発で実施されています。3D(3次元)CAD(コンピューターによる設計)で作った設計データを元にシミュレーションを実施し、実物を作る頻度を抑えることで、開発コストを抑えたり開発スピードを高めたりしています。

Digital Twin では、これが、開発済みの製品から得た実際の利用状況に基づくシミュレーションへと変わっていきます。あるいは、製品単体から、工場の生産ラインの連携といったプロセスや、街中における人や車の動き、それに伴うエネルギー消費量の変化などもシミュレーションの対象になります。

道路や橋といった社会インフラは「作ってみたけれど、利用状況が違うので作り直す」というわけにはいきません。そうしたことがないように、事前調査なども実施しているわけですが、調査データが限られていたり前提条件が間違ったりすれば最適な結果は得られません。Digital Twinなら精度はより高まるというわけです。

ただし留意点もあります。シミュレーションには、そのためのモデルが必要ですが、例えば列車の運行間隔をバスの運行状況に合わせて最適化を図るなど、複数の事象が関連する場合のモデルは十分には確立されていません。そして当然ですが、データが取得できていない範囲のことは「分からない」ということです。

Industry 4.0とIndustrial Internet

Society 5.0あるいはCPS/IoTの文脈において必ずというほど登場するのが「Industry 4.0」でしょう。ドイツ政府が産官学連携で取り組むプロジェクトで、ドイツ語の「Industrie 4.0」と表記されることもあります。

Industry 4.0は、ドイツ政府が2013年、産業競争力を高めるための戦略プロジェクトとしてスタートさせました。シーメンスやボッシュ、フォルクスワーゲンなどドイツを代表する企業が参画しています。多様化する消費ニーズに合わせて製品/サービスを提供するエンドツーエンドのバリューチェーン構築が目標です。

日本では「スマートファクトリー」など工場の生産改革との見方が強いようです。同じ“ものづくり”の国の取り組みであり、生産現場や物流の改革が挙げられているからかもしれません。ただドイツはIT分野の包括的な基本戦略として「Digital Germany 2015」(DG2015)を2010年に閣議決定しています。デジタル基盤の上にビジネスや社会を構築するのが目標です。Industry 4.0単体ではなく、DG2015の延長にあることを知っておく必要があります。

一方の「Industrial Internet」はGE(General Electric)が2012年に打ち上げた構想です。米国の競争戦略CPSの概念をGEが扱う航空機エンジンや発電機、あるいは列車などに適用することで、モノの販売からサービスの提供へビジネスモデルの転換を狙います。そのためにGEは10億ドルを投資してシリコンバレーにソフトウェアセンターを開設したり、3Dプリンターでの部品の製造に乗り出してもいます。CPS/IoTの実行環境となるクラウド「Predix」も立ち上げました。

Industrial InternetはCPS/IoTの先進事例でしたが、ドイツのIndustry 4.0発表後は、スマートファクトリー的な取り組みに見えるIndustry 4.0のほうが良く知られるようになりました。ちなみに日本の経済産業省は、これらに並ぶコンセプトとして「Connected Industries」を2017年3月に発表しています。

DIGITAL X 編集部