JEITA国際戦略・標準化セミナー報告
~日本企業からイノベーションを興すためのマネジメントシステムの最新動向を解説~
JEITA標準化政策部会配下の標準化運営委員会では、ISO/ECなどで取り組まれている国際標準化課題について、日本としての対応を検討し、情報共有を行っています。その活動の一端を紹介すべく、毎年「JEITA国際戦略・標準化セミナー」を開催しています。2023年度は、ISO TC279で標準化検討が進んでいる「イノベーション・マネジメントシステム(IMS)」について、セミナーを開催しました。
前列左からJIN真野氏、千村委員長、
後列左からOKI野中氏、JIN尾崎氏
イノベーション・マネジメントシステム標準化の意義
経済産業省 産業技術環境局
国際電気標準課 武重 竜男 課長
標準化活動は、技術基準の策定だけでなく、マネジメントシステムの標準化にも展開しています。その代表例が、品質マネジメントシステム(QMS、ISO 9001)です。しかし、最近はそれだけに留まらず、あらゆる規模の企業からイノベーションを興すための仕組みとして、IMS(ISO 56000シリーズ)の検討が進んでいます。本日のセミナーを通して、日本からイノベーションを興す気運が高まることを期待しています。
イノベーション・マネジメントシステムの概要
一般社団法人 Japan Innovation Network(JIN)
イノベーション加速支援グループ・ディレクター 尾﨑 弘之氏
一般社団法人Japan Innovation Network(JIN)は、経済産業省主催の「フロンティア人材研究会」を母体に2013年に発足しました。JINは、ISO TC279の日本代表として参加し、国内審議委員会の委員長と事務局を担当しています。JEITAからは国内審議委員として標準化政策部会長のOKIの藤原執行役員が参加しています。
IMSコンパス(ISO56002に基づきデザイン)
イノベーションというと一部の天才による技術革新と誤解されている方もいますが、ISOにおける定義は「新しい価値を具現化すること」であり、プロダクトだけでなく、プロセスを含む全ての取り組みがイノベーションの対象です。
IMSは、組織的にイノベーションを興すための知識集約型のマネジメントの仕組みです。社会や顧客の課題に注目し、機会を特定し、試行錯誤のプロセスを通して、新たな価値を創造するものです。これを共通言語とすることで、異なる企業、組織が連携し、イノベーションを興しやすくなることが期待されています。
ISO TC279におけるIMS標準化動向とその状況
一般社団法人 Japan Innovation Network(JIN) 理事、
長野県立大学ソーシャルイノベーション研究科専任教授 真野 毅氏
ISO TC279では、2019年7月にIMSの手引き(ISO 56002)を発行しました。日本では2023年9月にJIS化されています。現在は、認証規格(ISO 56001)の審議が進んでおり、2024年末には発行される見通しです。
QMSは、お客様からの要求事項を基に品質を確実に担保するための仕組みです。一方、IMSは、新しい事業を創造するために必要な仕組みで、事業化のリスクを検証するために仮説を立て、その仮説を検証するために失敗することを許容し、高速な試行錯誤が求められます。
規格本文のキーワードを俯瞰すると
ISO 56002では、イノベーションに取り組む意図と範囲を明確にし(箇条4)、その上でイノベーションの方針と戦略を立て(箇条5)、イノベーションのポートフォリオと目標を設定し(箇条6)、その上でイノベーションに対する試行錯誤の活動(箇条8)を行い、支援体制(箇条7)を整え、その結果を評価、改善(箇条9、10)するための推奨事項を記載しています。
企業において既存の事業を深堀りする「知の深化」に加え、新規事業を創造する「知の探索」を共存させるためにIMSの導入が必要になります。この2つのOSを共通言語として持つことで、企業内の組織だけでなく、企業間の共創活動(コラボレーション)が加速することが期待されます。
企業としてIMSに取り組むポイント
今回のJEITA標準化セミナーは、オンラインで開催し、約160名が参加しました。
JEITA標準化運営委員会では、イノベーションマネジメント(IM)研究会を設け、IMSの標準化案へのコメントやIMSに関する各種議論を行っています。セミナーの最後の質疑では、IM研究会の野中 雅人主査(OKI)およびオンラインでの受講者がIMSを理解する上で重要なポイントについて質問を行い、講演者の尾崎 弘之氏、真野 毅氏に回答いただきました。主な質疑応答について、紹介します。
Q1:イノベーションというと閃きによるものと理解しており、システマティックに行うのは難しいのではないでしょうか?
A1:イノベーションは必ずしも閃きによるものばかりではありません。IMSは知恵を共有し、知識を創造するプロセスです。閃きも重要ですが、クリステンセン博士がジョブ理論で提唱しているように顧客観察を通して顧客が期待する進化(ジョブ)などから体系的・組織的に発想されるイノベーションもあると思います。
Q2:マネジメントシステムというと、QMS(ISO 9001)などが想像され、企業にとって文書化などの負荷が増えることを懸念する人もいます。IMSがQMSと異なる点は何ですか?
QMSとIMSのマネジメントの原則の比較
A2:その点が、ISOにおいてIMS検討をする中で一つの課題です。IMSでは、文書化のハードルを上げ過ぎないように配慮しながら、検討しています。企業活動において、IMSとQMSは連携すべきものであり、別々ではありません。新たな価値を創造する上で必要な活動が推進されるよう要求事項を整理しています。マネジメントシステムにおいて文書化は重要なエビデンスであり、必要最小限の文書化は必要です。ただし、QMSは確実に品質を担保するためのマネジメントですが、IMSは不確実な未来の価値に対して活動するためのマネジメントであり、根本的な原則が異なります。
Q3:IMSの手引き(ISO 56002)と認証規格(ISO 56001)の違いは何ですか?
IMSの原理原則
A3:ISO 56001は現在DIS(Draft International Standard)の段階ですが、若干の違いがあります。基本的な要求事項は、ISO 56002もISO 56001も同じですが、ISO 56001では「イノベーションのビジョン」の設定は必須になっていません。「イノベーションのビジョン」を設定するか、「企業のミッション」から具体化するかは企業によって選択可能です。また、ISO 56001では、「チェンジマネジメント」について追加されています。「チェンジマネジメント」とは、どのように変革に取り組むのか、変革の計画、マネジメントプロセスの要求条件を示したものです。これまでの組織運営とは違う原則が求められるIMSにおいて、組織変革を計画的に行うことが要求されます。
Q4:IMSの認証が始まるのはいつ頃ですか?
A4:具体的な時期は未だわかりませんが、認証規格は2024年末頃に発行予定です。そこから認証審査のための準備が進むので、2~3年程かかるのではないかと思います。
JEITAでは、今後もIMSの標準化動向を調査するとともに標準化活動に積極的に参加し、IMSに関する調査報告などを行い、日本企業から新たなイノベーションが生まれるよう活動してまいります。
なお、ISO 56002に基づくイノベーション・マネジメントシステムの解説書籍を日本規格協会から2024年1月に発行しました。